手を拱(こまね)いているしかない 某市某中学校の先生方の研修に呼ばれました。夏休みのある日、朝から夕方までのみっちり一日がかりの研修、そして作業。その8時半から2時間ほどが『不登校』についての研修会でした。朝の4時半起きをしてはるばると出かけました。 一人の先生から質問が出ました。「・・結局手を拱いているしかないのだろうか」。先生とすれば「直接本人に会いたい、本人と接触したい」と思っている。しかし、それができない。どうしても拒否されていて、無理をすると今の関係すら崩れかねない。もっと「こもり」の方へ追い込みかねない。無理はしないように親との接触にとどめている。と言うより、そうするしかない。まさに拱手傍観しているしかない、というのです。 一人、友人で彼とは一対一で付き合える子がいる。その子とゲームするのを楽しみにしていて、毎日のように彼が来るのを待っている。それなのに担任である自分は彼と接触もとれずに手をこまねいているしかない。どうしたらいいのだろうか、と。 「手を拱いているしかないんです、この時は」。「手を拱いているのは、ぎりぎりのところでかえって安全なのです」。思わずそう返事をしました。 返事をしながら、中国や、あるいは韓国もそうでしょうか、昔からある正式な礼の姿「拱手(きょうしゅ)の礼」の姿を思い出しておりました。それぞれ一方の手をもう片方の肘(ひじ)に添えているあの礼の姿です。慇懃(いんぎん)な改まった姿なのでしょう。手はいろいろなことが出来そうですが、同時にその分「危険」なものでもあります。いつでも攻撃的になれます。だから、拱手というのは「あなたに危険は与えません。害意はありません。安心して下さい」といった意味があるのでしょう。改めて「拱手の礼」のことを調べたことはありませんが、「きっとそういった意味だったのだろうなあ」と思われました。 そう言えば「握手(shake hands)」もそうですよね。 「2時間で登校拒否を治す熱血おばさん」はすっかり有名になりました。他にも「登校拒否を治すカウンセリング」を謳(うた)っている人もおります。全国をゴルフしながら廻って、登校拒否を治すのを標榜(ひょうぼう)している人もおりました。 何かはっきり手応えのある効果抜群の方法を誰でも求めます。積極的に働きかけなければ、すなわち怠慢ととられることもあります。「ちゃんと正面から積極的に逃げずに向かい合わなければ」と言われます。そうしないと「何もしていないではないか」と批判されます。他人からも自分自身の内側からの声としてもそうです。 親は教師は、子どもに対して必要な時はいつでも何かをしなければならないと思われている人たちです。自分でもそう思っている人たちです。何もしないことが許されない人たちです。衣食住については過度にならないまでも、子どもにちゃんと何とかしてあげなければなりませんし、そうすることが出来ます。ケガをした場合も病気になった場合も同じことでしょう。 しかし、心のこととなると話は別です。まして心のとりわけ深い部分にからむこととなると話はまったく別になります。見事に何も出来ないのです。手を拱いているしかないのです。どうにも具体的に動けないのです。「金縛り」にでもあったような感じにさえなります。 心の深い部分のことについては、その動きに任せるしかないのです。心の必然で起こったこと、そのこと自体に深い意味のあることなのです。そのまま手を拱いていましょう。尊敬しつつ慇懃に子ども本人とその背後にあって子どもを生かしめている「大きな生命」にそのまま委ねることにしましょう。考えてみればこの一番簡単なこと、一番楽なことがなかなか難しいのです。「自然の流れのままに生きる」、昔からずっと言われ続けてきたいつの世も変わらぬ真実なのです。生きるための賢い知恵なのです。動けない時は動かない。手を拱いているしかない時は、そっと手を拱いている。 そう出来るようになるためには、まず心のことをちゃんと知っていなければなりません。登校拒否のこと、こもりのこと、現れるいろいろな現象のことをちゃんと科学的、心理的に正確に把握していることがまず第一に必要です。それでも親は、教師は、周りの者たちは揺れます。その時に大事なことは、その揺れがけっして子どもの揺れではなく、実は自分自身の揺れだということに気づくことです。「揺れているのは私なのだ」ということをちゃんと自覚していることです。その揺れを解決するのに子どもを巻き込まないことです。 自分の不安で子どもを何とかしようとしないことです。自分の揺れ、自分の不安なのですから自分がカウンセリングを受けるとか、誰かに話を聴いてもらうとかすることです。何か別のことで気を散らすのも、趣味の教室などに夢中になるのもいいでしょう。パートで仕事などに出かけるのもいいでしょう。 「拱手」「手を拱く」。改めてこの言葉をしみじみと感じさせられた一日でした。 |
月刊のぞみトップへ のぞみ学園トップへ |
Copyright(c) のぞみ学園 All rights reserved